香取神社

経津主大神(ふつぬしのおおかみ)またの御名を伊波比主命(いわいぬしのみこと) 大神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)の命令を受けて出雲の国譲り(神話)の大業を成し遂げられ、さらに荒ぶる神々を平定して日本建国の基を御築きになられた神様です。 経津という神名は、刀剣で物がプッツリと断ち切られる様を表し、刀剣の威力を象徴する神であることを示している。古くから武勇の神様とされ、勝運・厄除・交通安全・商売繁盛・縁結び等のご神徳で信仰されています。

清瀧神社

当神社は赤ちゃんの産土(うぶすな)の神(氏神ともいいます)です。誕生地の産土の神は、たとえ住む所が変わっても生涯にわたり御守護くださる誠に縁深い神様です。折に触れお参りされることをお勧めいたします。

もし転居されますと新しい住地近くの神社の神さまも御守護に加わってくださいます。この住地の神様はその土地に住んでいる間、御守護くださいます。従って引越しをされた際にはその土地の神様にご挨拶にうかがわれるとよいでしょう。

このように私たちをお守りお導きくださる神さまには、誕生地の産土の神と住地の神とがいらっしゃることになります。

さて、先に記しましたとおり誕生地の産土の神は一生涯の守護神です。ですから引越された場合はなかなかお参りできなくなるわけですが、しかし離れていても心の内なりとも報恩感謝の祈念をなされますときっとお応えくださいます。もし時の流れの先に懐かしくも参拝する機会があるならばぜひお越しください。神さまはたいそうお喜びくださることでしょう。

日枝神社

当神社は江戸城の鎮守として徳川家の崇敬は特に篤く、将軍世嗣、子女及諸大名等の社参は絶えることなく、毎年正月・6月には使いを遣わして幣を奉り、国家事ある時には必ず祈祷を修し、崇敬他に異なるものがありました。

東京奠都の後明治元年11月8日准勅祭社に、同2年7月2日祈年奉幣の列に入り、同5年5月8日府社に定められましたが、皇城の鎮護たる故を以て同15年1月11日官幣中社に列せられ、大正天皇御即位にあたり、更に昇格して官幣大社に列せられ、終戦と共に社格は廃せられましたが、宗教法人として都民の尊信を専らにしてかわることなく今日にいたっています。

稲毛神社

満年齢は、現在一般的とされる年齢の計算方法で、生まれた時の年齢を0歳として以後誕生日が来るごとに年を取る、とする方法です。 これに対し、数え年とは、母親の胎内に生命の宿ったときから年令を数え始め、生まれた時点を「1歳」とし、以降新年を迎えるたびに年を取る、という方法です。 従いまして、満年齢と数え年の換算方法は以下のようになります。

元日から誕生日前日までは「数え年=満年齢+2歳」
誕生日から12月31日までは「数え年=満年齢+1歳」
稲毛神社では、数え年での厄除招福祈願を原則としていますが、満年齢にてのご祈祷もお受けしております。

なお、数え年という計算方法は、最近では厄年や年祝いなどの神事や伝統行事といった数少ない時にしか用いられません。しかし、戦前までの日本を含めた東アジアでは一般的な方法として用いられ、現在も一般的な計算方法として使用しているところもあります。

あんばさま総本宮大杉神社

疫病除け
奈良時代の後期に、この一帯に疫病が流行したことがありました。神護景雲元年・767年、勝道上人が、都のある大和国から下野国二荒山(栃木県日光)へ向かう途中大杉神社に立ち寄り、この付近の惨状を目にしました。勝道上人が民衆を救うべくあんばさま(巨杉)に祈念すると、杉の梢に大和国(奈良県三輪)にある大神神社の三輪明神が飛び移り、病魔を退散せしめたといいます。やがてこの神は大杉大明神と呼ばれるようになり、あんばさまのもとに大杉大明神を祀る大杉神社が建立されました。以来、病気平癒、厄除けの神としても信仰を集めるのは、こうした過去の奇跡に由来しています。